産業用インクジェット市場を俯瞰して見ると、サイネージ分野(広告看板、ポスター)、セラミック分野(タイル・建材)、ものづくり分野(電子部品など)などさまざまな分野で注目を浴びている。
今回取り上げるのが、テキスタイル分野、つまり布へのプリントの分野である。
インクジェットがファストファッションを影で支える
テキスタイルプリントのデジタル化は、印刷業界と比較しても共通点は多い。現在の捺染方式はロータリースクリーンが65%、自動フラットスクリーンが25%など従来の方式が大半を占め、インクジェット方式は年率26%以上の成長を誇るものの、依然全体の3%以下である。このあたりの成長率とシェアも、商業印刷とあまり変わらないのではないか。
インクジェットが注目を集めているのも、印刷業界と同様に、小ロット・多品種・短納期のニーズが広まったことによる。イタリアなどの有名ブランドの商品(スカーフやネクタイ)から使われ始めたが、やがてZARAなどのファストファッション業界が有効活用していく。
従来のスクリーン捺染は、
1)画像アレンジ→ 2)製版原画作成→ 3)色分解トレース→ 4)製版作成→ 5)見本用インク調合→ 6)見本プリント→ 7)版洗浄→ 8)生産用インクの生産→ 9)製品プリント→ 10)版洗浄
と実にさまざまな工程が必要で、リードタイムは8 週間。
しかしインクジェット捺染は製版いらずで、1~14 日で製作できる。ZARA では在庫を全く持たず、わずか11 日間ですべての陳列が入れ替わるスピード感である。それに対応できるのがインクジェットであり、ファストファッションのビジネスモデルを影で支えているともいえる。
アパレル業界では新興国の安い労働力で大量生産しており、大量生産・低価格のアパレル製品ではインクジェットは太刀打ちできない。しかしイタリアやフランスの有名ブランドの布製品の多くは、すでにインクジェットで製造されている。
高級スカーフもインクジェット
インクジェット捺染は、従来捺染に比べて品質のみならず生産性でも匹敵してきている。品質面では、従来のスクリーン捺染はプロセスではなく、必要な色の数だけインクを調合し、版を作り、捺染する。そのため多色が苦手で、グラデーションも難しい。しかしインクジェットならば色の掛け合わせであり、多色もグラデーションも得意である。
もう一つ、生産性においても従来の捺染方式に匹敵している。その背景には印刷業界と同様、「シングルパス方式」のインクジェット機が開発されていることが挙げられる。
簡易プルーフやポスター、サイン用途で使われる大判インクジェットはヘッドが走査して印刷する「スキャン方式」である。スキャン方式の捺染インクジェット機の生産性は1999 年の登場以来2011 年までに100 倍の毎時1000 平方メートルになった。しかしヘッドが走査する構造上、さらなる高速化には限界があった。
そこで登場したのがヘッドを並列して固定させ、高速で原反が通過する「シングルパス方式」である。この点は高速インクジェット枚葉機/ 輪転機が登場している商業印刷分野と同じだろう。しかし異なるのは、生産性が毎時3000~5000 平方メートルと従来捺染と匹敵していることである。
シングルパス方式は2011 年のITMA2011(繊維・アパレル産業関連機械・設備・技術の展示会)でMS Printing Solution(イタリア)が初めて発表し、ITMA2015 でもコニカミノルタ(日本)、SPG Prints(オランダ)の2 社が発売開始した。このうちコニカミノルタの「Nassenger SP1」は印字幅1.8 メートル、最大色数4?8 色、毎分27~68 メートル、濃度ムラ補正機能、ヘッド欠補完機能、ヘッド位置調整機能などダウンタイムを削減する技術を織り込んでいる。
シングルパス方式のインクジェット捺染は、まだ実用化が始まったばかりだ。これから技術的革新が進めば、インクジェットのシェアは大きく拡大するだろう。
今後の市場であるが、注目されるのはホームテキスタイル向けである。背景には素材適性が広い顔料プリンターの登場や、広幅対応機種(3.2 メートル幅など)の登場が挙げられる。
2016 年1月にフランクフルトで開かれたHEIMEXTIL(内装材総合展)でもシャワーカーテン、子供向け/ 流行の寝装品、ベッドカバー、カーテン、クッションなどが軒並み展示されていた。ここでもインクジェットの長所が発揮され、例えば消費者がデザインをカスタマイズしたカスタマイズクッションや、流行の映画(『スターウォーズ』など)の寝装品などに可能性を感じさせた。
(研究調査部 光山忠良/全文は2016年5月号の『JAGAT info』に掲載)